コロナ禍の冬、会社には海辺に近いため強い北風が吹きこんでいた。
休憩室では「窓は開けっぱなし」と社長命令が出た。感染対策を最優先として当然の判断だった。
北風が吹き込む休憩室はとても寒かった。
現場の作業員たちは寒さに震えながらも、誰にもそのことを相談できずにいた。
私は、たまたまその声なき声に気づいた。
現場を代表して社長との交渉に挑んだ。
社長には社員の健康を守りながら事業を止めないという責任があることを知った。
確かに大切である。社長から「全開じゃなくて、窓のすき間は10cmでどうだ」と。
「(風通しが良いので)5cmでいかかでしょうか」と。交渉は成立した。
たったこれだけの調整で、空気は流れ、風の冷たさはかなり和らいだ。
その後、誰も体調を崩さず、現場も落ち着いた。
そして不思議なことに、あれこれと現場から声が掛けられるようになった。
あのとき気づいた。この会社では、声を上げられない現場と、上から指示を出す会社の間に、
相談の窓口や対話のルートががなかった。
5cmの窓。
それは、風だけでなく信頼も通すすき間となった。