本記事は、「もったいない」という日常の気付きからサーキュラーエコノミーを考えるシリーズの一編です。
シリーズ全体の考え方は、第1話(こちら)にまとめております。
サーキュラーエコノミーの製品化・事業化を考える中で、「もったいない」と感じる現場に何度も向き合ってきました。
発生の状況を確かめ、どうすれば価値として届けられるのかを考える。しかし、その問いに答えきれない場面にも出会ってきました。
「これは、何とかならないだろうか」
捨ててしまうには惜しい。できることなら誰かに価値として届けたい。そう思いながらも、流れをつくれない瞬間があります。
例えば、製造工程で生じる端材や規格外の素材。品質に問題はないのに行き場がない。
かつては、それらに手を加え、価値を高めることで解決しようとしていました。しかし実際には、加工コストがかさみ、販路も定まらず、思うように流れない。良かれと思った工夫が、かえって負担になることもありました。
「どう活かすか」と同時に、「どこに流すのか」を見定める必要がありました。高付加価値として届けるのか、そのまま必要とする相手に渡すのか、あるいは又、別の役割を持たせるのか。流れる方向が見えたとき、選択は自然と絞られていきます。
それでもなお、いまの流れの中では、流れきらないものが残ります。そのとき、もう一度問い直すことになります。
このまま終わらせるのか。それとも、別の流れを探すのか。
分かっていても、判断は容易ではありません。採算が見えない。手間が増える。前例もない。誰が担うのかも定まらない。
そうした理由が重なり、「もったいない」は、そのまま留まり続けます。
振り返れば、「もったいない」と感じたものが、そのまま価値になることはほとんどありませんでした。
「どう活かすか」と「どこに流すのか」が頭の中で行き来し続ける。その往復の中で、はじめて流れと役割の輪郭が見えてきます。
その設計があって初めて、価値として形になっていきます。
もったいないは、設計されて初めて価値に。
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